<外題> 朝野交わる 齶田の夜明け

斉明天皇4(658)年、越国守(こしのくにのかみ)阿倍比羅夫が船師(ふないくさ)180艘を率いて北航。蝦夷皆が恐れる中、齶田(秋田)の首長恩荷(おんが)は「官軍に刃向かう為にこの弓矢を持たず、肉を食う為に持てり。戦の為ならば、齶田浦神(あぎたのうらのかみ)が御見通しであろう」と帰順を誓約し、小乙上(しょうおつのじょう)の階位を授かる。日本書紀に秋田の名が記されることとなった一場面。


<見返し> 二頭けで 二島は返へど マサル吠え


町内情報

●委員長 : 竹内 健市
●曳山置場: 土崎街区公園
●会 所 : 壹騎町児童図書館(土崎街区公園内)